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2006年06月26日
サッポロファクトリー周辺を歩く。 其の弐
さて、サッポロファクトリー周辺の歴史探訪シリーズの第2弾、今回は北3条通りに小さくスポットを当ててみたいと思います。
サッポロファクトリーに面している北3条通、西へ向けば道庁赤レンガに突き当たり、東に進めばJR苗穂駅へたどり着く、真っ直ぐ綺麗に伸びた道ですが、開拓史時代には「札幌通」などと呼ばれていたようです。
もちろん、サッポロファクトリーもこの道路に面しており、我々も毎日この道路を歩いているんですが、この通りの創成川沿いの西にあるのが新渡戸稲造居住地(札幌農学校官舎跡)です。

新渡戸稲造氏のプロフィールや経歴についてはここでは言わずもがなですが、
調べた所によりますと、開拓使のビール醸造所と札幌農学校が誕生したのは、時期を同じくして明治9年(1876)ごろのこと。
彼が初めてこの地に赴き第2期生として札幌農学校に入学したのが翌年明治10年。
卒業後、一度札幌を離れ教授として再びこの地を訪れ暮らしたのが明治24年~30年ごろ。
その教授時代に暮らしたのが今の住所でいう所の「北3条西1丁目~2丁目」にあった農学校官舎だそうです。
上の写真は、その農学校官舎の跡地の碑です。(文字まで読めないかもしれませんが)
ちなみに、この碑によりますと、明治29年からは新渡戸宅に「有島武郎」氏が寄宿していたそうです。
前に書きました「森田たま」氏とも時代がぴったり当てはまりますね。
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| ↑東4丁目から東を望む。 | ↑東4丁目から西を望む。 |
いまは舗装されきれいな道路ですが、きっと当時は草が生えた土の道で、新渡戸稲造も有島武郎もきっとこのあたりを歩いたことと思います。
投稿者 Attack : 2006年06月26日 16:38

